2008年04月22日 [01:02] 歴史関係 

DVD: 関ヶ原

先の記事で FCの『不如帰』に言及したばかりに、ついWebで検索してしまったのが運の尽き。
たどり着いたのが『清正謀叛!』さんというファンサイト。
そこに不如帰の作者様からの手紙が載っているのですが、そこで紹介されるDVD。
その説明のためだけにもご一読願いたい。

東軍総大将徳川家康には、当時すでに大御所然としていた森繁久弥、対する西軍石田三成は、当時若手中堅どころのスター加藤剛、両者の謀臣の配役はさらに凄まじく、本多正信に三國連太郎、島左近は三船敏郎というものです。

寝所で謀議を重ねる森繁家康と三國正信、老練な策を述べる三船左近と、それを正義感で退ける加藤三成、と、もうこれだけでも相当なものなのですが、その他の登場武将など脇役もほとんど全てが有名俳優で隙がありません。
過激キャラの加藤清正と福島正則には、それぞれ藤岡弘と丹波哲郎、豊臣連枝の貴公子宇喜多秀家には当時若手No.1の三浦友和、薩摩の名将島津義弘には大友柳太郎、家康と勢力を二分した前田利家には辰巳柳太郎と、劇場映画でも大河ドラマでも見たことのないような豪華な俳優さんたちが、司馬版関ヶ原を映像化

なんという魅力。

釣られてAmazonを覗いてみると、
なんかすごい評価のレビューばかりなんですが・・・・・

これは か・・・買うしか????
しかし、財政が厳しいときに逝って良い物か・・・・う・・・む・・・
関ヶ原 / B00005OO0A 関ヶ原
 森繁久弥
 キングレコード
 2001-10-30
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2008年01月07日 [21:00] 歴史関係 

茅の輪くぐり

川勾神社にてくぐった茅の輪
川勾神社
お参りした際にはああ、こういうものがあるんだ。古風でよいなと考え無し(というか知識無し)でくぐった私ですが、それは『茅の輪』? と質問を受け調査欲が発動。
 茅の輪の由来について 茅の輪くぐりってなに?
とこんな感じらしい。

夏越しの祭、年越しの祭の際にくぐって禊を行い汚れを祓う為のもの。半年に一度行うと。
新年早々にやっちゃいましたよ。 つまり正月休みのだらけた気分・意識を祓う。 なんだ 全然おっけー?

しかし これがあると言うことはこの川勾神社では、年末の忙しい時期 二年参りの賑わうときにもちゃんと茅の輪くぐりをやっていると・・・・・

すごい

人が多いと ここで止まるようなもので(しかも 3回廻るわけで) 古風と言うか剛毅と言うか いいなぁ。


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2008年01月06日 [01:40] 歴史関係 

相模國 お宮巡り

1月5日 三が日は過ぎたとはいえ、最初の土日
まだまだ人は多いかな?と思いつつ
好天に誘われて知人と 相模の國の一宮から四宮まで巡ってきました。

最初は

相模國 一宮 寒川神社
サムカワ というと 寒エロイ人が浮かびますがそんな人は脇に置いておいて相模國の一宮サムカワ神社です。相模線は宮山の駅を降りた段階で、さすがの一宮 相模有数(筆頭はまぁ鶴岡八幡宮になってしまのですが)の大社だけあって人が多いです。ああ、これから初詣に向かうんだなという感じが漂う人の多さ。それは写真からも伝わるでしょうか?
寒川神社 ねぶた 寒川神社 本殿
ねぶたも今年はしっかりとネズミを抱えています。出店も多く、まだ正月の祭という雰囲気で楽しいです。そういうお店で喰い歩く年ではなくなったのですけれども。
しかし、相模線は寒川神社という大社を抱えているのにも関らず終夜運転をしません。どうするのかな?と思っていたら、社の行事として零時から八方除祭、引き続いて元旦祈祷祭、午前6時 歳旦祭、引き続き末社歳旦祭と続いています。2年参りしたら、ここまでいるものだったりするのでしょうか?
甘い人が二年参りするにはきついので、こう三が日が過ぎても人が多いのかも??
お守りを購入 八方除守

次にお参りしたのは近い順ということで。

相模國 四宮 前鳥神社
これで『さきとりじんじゃ』と読みます。
四宮ということで、規模はそう大したこと無い小さなお宮かな?と思って参りましたが、いやはや相模の国のと式内社ともなればさすがでした。小野神社が小さかったのは多摩川の度重なる氾濫での遷社の多さが問題だったということでしょうか?
前鳥神社 鳥居 前鳥神社 鳥居 前鳥神社 本殿
いやはや立派でした。社内に神戸(ごうど)神社や奨学神社があり、強く学問の神であることをアピールしている神社でした。御祭神が菟道稚郎子命 (うぢのわきいらつこのみこと:修学・学問の神様。 我が国で初めて中国からの典籍を学ばれました)とあれば当然でしょうか。
お守りを購入 学業守

そして次に行ったのは

相模國 二宮 川勾神社
これで『かわわじんじゃ』と読みます。
正直な感想としては、意外と寂れているなという感じ。場所自体結構寂れた所にあるのでしょうがないのでしょうが、先に四宮 前鳥神社を観てきたのでちょっと意外な印象。もっとも過去の経緯 時代があるのでしょうがないのですが、栄えた街との距離から来るものもあるのでしょうね。実は相模國国府祭六社の中で唯一自前のホームページが無いところだったりします。
川勾神社 川勾神社
場所柄としては、こんな感じの所にあります。社殿によると相模の國が昔 相武と磯長の二つの国に別れていたときの磯長の国の一宮だったそうです。そして国が一つになる時に一宮を寒川神社に譲ったとのこと。国府祭の儀式座問答で寒川神社と一宮の地位を争う由来なのでしょう。本殿に上がったあとの印象は古社という雰囲気です。人もそれほどおらずしっとりとした雰囲気。
川勾神社 川勾神社
御祭神は磯長の地を開拓した神とのことですが、お守りやら御神籤は、神木に由来したのか縁結びを強く主張されておりました。
ということで
お守りを購入 縁結び守
 普通のお守りが二つくっついた形になっているお守りでした。
ぶっちゃけて 小野神社で引いた御神籤、鷲宮神社で引いた御神籤 寒川神社で引いた御神籤
 全て今年は縁が無い と言うことらしいのですが(大笑
唯一ここで引いた御神籤によると 親や親戚に相談すれば恋愛ができるそうな・・・・・するか!!
ま・・・4回引いて 小吉 末吉 末吉 小吉
 凶を引かないだけマシという運だったりした訳ですけれども。
 今年の運勢は・・・・

そして 最後にお参りしたのが

相模國 三宮 比々多神社
『ひびたじんじゃ』と読みます。
社殿で神武年間(紀元前2600年代)に鎮座とされる神社は多くありますが、ここも神武6年ということになっています。ホームページによると実際は1万年前まで遡れる、祭祀遺跡だということで、遥かに気宇壮大ですね。社殿自体は戦禍に何度もあっているようで、歴史ほどに遡れる訳ではないですけれど。
もっとも相模の宮はいずれも延喜式の式内社 これだけで平安時代には既に記録されている証拠。さらに天平年間までは確実に遡れる歴史のある神社には間違いない所だったりはします。明治神宮やら鎌倉宮やら湊川神社やら明治に生まれた神社に比べると歴史が歴然だったり・・・・歴史と 現在の神社の社殿の規模と関係が無いいい証拠でもありますが。
比々多神社 比々多神社
比々多神社 比々多神社
狛犬の様に両側に飾られていた、今年の干支の鼠さん。
お守りを購入 交通安全守
後からホームページで確認しましたが、正解の模様^^)V

それから 国府祭 六社めぐり

こんなものがあったらしいです。
 せっかくなら・・・・・・ ぬかったぁぁぁぁぁ




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2008年01月04日 [23:55] 歴史関係 

聖地巡礼

らき☆すたのOP他に登場する鷹宮神社のモデルとされる鷲宮神社に行ってきました。単に名前でモデルを選んだだけ・・・の様な気もしますが、地元の商工会議所とかが便乗しているので、折角だから という次第。

現地で売っていたポストカード
ポストカード ポストカード
絵柄的にはまんま年賀状に使えますね。相手を選びますけれど。
寧ろ送り主を書かずに送りつけるのによい感じでしょうか?
もう一枚付いてきていて、そちらはイラスト応募の為のハガキでした。そんな才能は無い!!
この3枚で300円。実質1枚 150円。ネタの為だけに購入しましたけれどねぇ。
OPの場所は確認はしましたけれど、幾らでも写真が上がっているので撮影はせず。

噂の絵馬はこんな感じ。
絵馬絵馬
判りやすいというか・・・・自重しろ というか・・・・
鷲宮神社自体は高床式の建物があり古社然としていて個人的には気に入ったので、初詣とは別の時期に来てみたいなという感じなのですが。。。うーむ(笑
ぶっちゃけかがみんの実家にするにはちょっと立派過ぎですね。
鷲宮神社

鷲宮神社

地元の商工会議所他が商売にしているとはいえ、普通の氏子さんや受験生の人とか本来のお参りで洒落の判らない人には不快なんでしょうね。由緒がある神社だけに。
これだけの大社でありながら、式外社というのはどんな背景があったのか気になるところです。小野神社ですら式内社なのに。大宮の氷川神社などとは敵対していた政治的な背景とかあるのでしょうか??

さておき気になった絵馬
絵馬
ヲタクは海を越えるんだなぁ・・・・と自分たちと違う神様をお参りすることには問題ないのでしょうかね?わざわざこのために日本に来る覚悟に拍手ではありますけれど。
と思ったけれど 鶴間とか微妙にある漢字が気になる うーむ
半端に漢字とハングルを混ぜる意味は?

それと神社前の茶屋の掲示板と碑の写真を最後に
掲示板

碑

掲示板はともかく、この碑 将来に亘って常設するの??

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2008年01月01日 [22:23] 歴史関係 

初詣

小野神社小野神社 align=
新年な感じにしていますが
喪中のため例の挨拶は無しな彩里です。

今年もよろしくお願いします。
帰省中のため初のモブログ(携帯から)、うまく行くかしらん。

毎年、初詣は高校の先輩たちと微妙にマイナーな神社をメインにお参りしています。過去の例が 武田神社 唐沢山神社(関東7名城の一つ 唐沢山城) 東郷神社という感じ。

今年の選択は聖蹟桜ヶ丘にある小野神社。
当初は鷲宮神社という案もあったのですが、コミケ当日にらき☆すたの聖地巡礼はあまりに危険だろうということで変更しました。
小野神社はあまり知られていませんが、一応武蔵の一宮ということになっています。延喜式でも式内小社に列せられる位の由緒のある神社です。とはいえ、武蔵には式内大社に列せられる大宮の氷川神社があります。また、現在は一般的にこの氷川神社が一宮ということになっています。
しかし、歴史的に見ると小野神社が元々は一宮であったようです。式内大社になんで小社が優先したのかというと、国守である小野氏の国府がこの辺りにあったことや、その武士団が背景にあったようです。武士団の衰亡とともに、一宮としての地位は氷川神社に移ったようです。
また、新田義貞による移転(これにより多摩と府中の2社に別れる)や洪水などの理由で再建などもあり建物としてはそこまで古いものではなさそうでした。

さて、初めて行った小野神社の感想ですが思いのほかに小さいというもの。式内小社 一宮と思ってみると小さいです。いや、一宮といっても安房神社とか小さいですし良いのかもですが、寒川神社や氷川神社をイメージしているとかなりびっくりします。参拝客の数も正直に田舎の小さな神社並。規模相応な感じです。神社にも由緒書きはありませんでしたし、あまり知られていないのでしょうね。
しかし、大きな太鼓の響きや甘酒や日本酒の振る舞いなど小さなお宮ならではの感じは良いものでした。

とりあえず、神社の名前の入ったお守りと縁結び守りを購入。然るのちにおみくじにチャレンジ。
曰く、縁無し。酷いよ神様。

ま、良い初詣でした。

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