あやさとのこころ |雑記 ねっとについて
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2010年03月05日 [00:45] 時事雑考 

雑記 ねっとについて

つれづれなるままに書く。

昔はWebPage、所謂ホームページを手で書いていた。
HTMLのタグを手で入力し、Tableタグ、Frameタグを如何に活用するかに気を払った。
Tag挿入式のエディターのうちは本質は変わらなかった。。
ホームページビルダーの様なWYSIWYGなウェブページエディターに流され、手を抜くようになった。

Blogになり、記事だけを考えて投げればよくなった。
Blog全体に構成については、テンプレートとBlogパーツ頼みになった。
作りこめばテンプレートは作れるけれど記事とカテゴリーという構成は変わらずサイト構成としてはシンプルなものになった。Trackbackという交流手段が導入され、RSS Feedという情報配信手段が導入された。
とはいえ、TrackBackは自分のBlogの宣伝にしか使われていないように思うけれど。
他人のBlogに『読んだよ』『コメントしたよ』的に送りたいという思いと同時に、それが衆目に曝されるのが嫌というのがあると思う。この辺は日本と海外では感じ方自体が違うのではないか?とも思う。日本国内でTrackbackをやるのであれば、作者のみに閲覧可能なTBといのがあれば、もう少し受けたかも?と思う。

さて、それが次に、SNSになり、人目を気にせず日記を書くようになった。
ニュースに対する日記を書くことで、同じ記事に対する意見の比較が容易になった。
ここも日本と海外で比べると面白いのが、海外ではSNSは完全に個人と対応するものである。FacebookやMyspaceもそう。逆に日本では匿名性とセットになっている。当初はクローズドで始まり、しかもソーシャルなはずのSNSなのに、匿名性という不思議。会社や学校というコミュニティとの付き合い方自体が違うので、SNSの有り方も違うという所なのだろう。

そしてついったー。140文字の中につぶやきを流し続ける文化になった。
フォロー等可視化された交流。TimeLineで並べる事で一つの事象への多くの反応が見ることが出来る様になった。記事を推敲し作り上げるものから、気軽に垂れ流す方向に、交流を促進する方向に変化しているように思う。そのあまりにも玉石混淆の様は見ていて面白いと思うと共に、その扱い方は難しい。
違うな、使い方が多岐に渡るというのが正しいのかもしれない。交流をメインに個人を追いかける使い方。手当たり次第フォローして情報適当に流し読む使い方。人によってついったーは接し方が違うものだと思う。だからこそ、ハードルが高くもあり、低くもある。人によって有り様への感じ方の違うものなのだと思う。
ついったーで感じた一つのポイントはフォロー返しは必須ではない、フォローした相手にもフォロー返しを期待しない、と言うこと。それはあくまで『つぶやき』なのだから。

ふと思ったのは、個人を追うのか、流れを読むのか。フォローしていることを他人に知らせない、つぶやかない、ただ流れを追う為だけのアカウントを欲しいと思う。もしかしたら、それが他人の作ったLISTの購読なのかもしれない。自分で作らないと意味が無いとも思うけれど。

最後に
Twitterに関係する記事を幾つか
Twitterの面白さが分からない!? そんな人にこそ「Togetter」!
Twitter始めてみたけど…困ってませんか?あなたのタイムライン
 こんな使い方もあるのかと参考になった。
 まぁ 真似をする気にまったくならないスタイルでもあります。
Twitterのつぶやきは1日5000万回、推移グラフ公開
如何にサービスというモノが、加速していくかを示しています。

正直な処、1ベンチャー企業のサービスがここまで市民権を得て一気に成長していったのは奇跡に近いと思う。これを提供しているのが Googleとかで、他のサービス使用者に新しい何かを提案というのだったら、それほど不思議でもないのに。



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