あやさとのこころ |旅行記その2 石見銀山(080809)
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2008年08月19日 [23:16] 歴史関係 

旅行記その2 石見銀山(080809)

旅行記 第二弾
二日目分です

世界遺産 石見銀山 大久保間歩一般公開限定ツアー 等


私の友人 MS氏、名古屋在住の友人 K村氏と犬山にて合流。
それから金曜日に仕事だったK村氏のご友人K島氏を確保し、深夜に出発。
長距離行なので、深夜割引を確保するため。小牧インターより高速にのり、いざ島根へ。
夜をひた走る訳ですが。。。。
 きっちりとケータイで国取りゲームをこなすK村さん 凄い

石見銀山では一般公開している 龍源寺間歩(まぶ:坑道のこと)があるのですが、世界遺産登録を期に最大の間歩である大久保間歩のツアーをやっているのです。問題は金土日祝限定で、しかも一日20人x4組という限られたものなのですが。出雲大社と重ねて行こうと、お盆(世間一般で夏休み)という時期を選んだため予約できる早々の3ヶ月前に予約確保してあった次第。

このツアーが10時からの回ということで、食事できる場所も無いだろうということでPAで食事。
現地の世界遺産センターには8時半頃到着。
世界遺産センター
世界遺産センターが開くまで、ぼけーとその辺をうろうろする。この世界遺産センターが出来上がるのも10月ということもあり、現状まだ大したものがある訳でもなく、日陰になる所で休んでいる。ツアーの案内において長袖、長ズボン必須という案内がありました。参拝のため長ズボンは当然でしたが、長袖は用意しておらず焦りましたが単に間歩の中が寒いからということでした。
まずはバスで移動。現地でパンフレットをガイドさんからいただき、説明を受ける。ホントに開発されていないので半ば山道を歩く形となる。最初は金生坑。(豆知識:坑と書くと明治以降、間歩と書くと江戸時代以前なのだそうな)
金生坑
最近雨で崩れてしまったとのこと。遠くから眺めるだけ。
それからさらに山を登る。暑い日差しもあり結構汗だくに。しかし間歩に近づくとひんやりとした風が吹き出してくる。外は30度を越えているが、中は11度とのこと。まさに天然のクーラー。氷室とかが成立する理由が判る。間歩に入る為に、ヘルメットをかぶり、長靴に履き替える。それから各人で懐中電灯を持ってはいるのだけれど、前のグループが中々出てこないので前で待つことに。バスの迎えがあるので各グループの持ち時間は決まっているだけにやきもきしてしまう。
大久保間歩看板
しょうがないからと 外にいるうちに簡単に中の説明をしてくれる。で、前のグループが出てきましたが杖を着いている人有。遅いのもさもありなん。懐中電灯を受け取っていざ中に。

いっさいの観光地化がされておらず、床は水が張り、通路を照らす灯りなどなく、証明は各人の懐中電灯のみ。これが本来の坑道であり、人の手で掘られたものであると思うと感動的ですらある。これであれば、一回のツアーが20人に限られるのも納得というもの。それ以上では管理しきれず、ガイドの話もできはしない。まして事故等の対応もあるでしょうし。
大久保間歩大久保間歩大久保間歩大久保間歩

間歩内で掘った痕は江戸時代の方が滑らかであり、機械も利用する明治以降は雑。この削り痕や、足場として渡している柱の木の種類で時期が判るのだそうだ。クライマックスとも言うような場所にのみ照明が用意されているが、人はこうも銀を求めて掘ったのか・・・と思わざるを得ない。他でも中々入れない観光地化していないの坑道跡を懐中電灯頼りに歩くと言う贅沢を堪能してから出る。写真は暗さと 中の広さを感じられるモノを選んでみた。ぶれが無いから良いと言うモノではないと思うから。
大久保間歩 大久保間歩 大久保間歩 大久保間歩



この後はまた山をさらに登って釜屋間歩を観る。まだ発掘調査が進んでいないために外から見るだけである。そのうちに観れるようになるのだろうか?

大久保間歩

この石見銀山自体、海から光る山を見つけて発見されたという伝承があるそうで古代はそんなものなんだなぁと思う。2時間半。山を歩いている時間が長いものだったが総じて良いツアーだった。


世界遺産センターに戻った後はバスに乗り、町並みの方に。まずは羅漢寺 五百羅漢を拝観する。それから古い町並みを(歴史的という程ではない、古き佳き昭和前半の田舎という感じ)の町並みを歩いていく。途中にある小学校がとてもよい風情。映画の舞台に使えそう・・・・とか思ったらどうもホントに使われた模様。風情の良い学校を撮影していない自分が恨めしい。

移設されたものと思われる山吹城の山門を眺めながら進む。
山吹城 城門
途中山吹城と案内のある登山口があり。時間があり、いつものメンバーであれば城攻めじゃぁ などと言って嬉々として上り遺構など無かろうと、城構えを堪能するのですが、今回は時間他に制約があるのでスルー。


何より日に灼かれ、空腹に追われ(食事をしたのは早朝 ツアーが終わったのは12:30)移動していました。食事をしたのはガイドブックに載っていたTORAYA。カレーがおいしいお店らしい。ボクが注文したのはフルーツベジタブルカレー。完全に溶けているフルーツに野菜。美味。
フルーツベジタブルカレー@TORAYA


空腹が癒えると、いざ 一般公開されている龍源寺間歩に。こちらはすっかり観光化され、地面は舗装され、坑内はライトアップされている。
龍源寺間歩 龍源寺間歩 龍源寺間歩
本坑から伸びる横穴が往時の厳しさを物語りますが、石見銀山を感じるにはやはり大久保間歩や釜屋間歩を見てこそという思いを募らせた。というか、これだけではとても満足できまい??この間歩は横穴を通しての通り抜けという形になっている。


帰り道 精錬の神を祀った佐毘売山(さひめやま)神社を拝観する。朽ちた神社というか、窓は破れた所有り。良いのか? これで という印象。全国一の山神の社ということで由緒はあるでしょうに勿体無い。
差姫山神社 差姫山神社


それから下りも徒歩をと思っていましたが、雲行き怪しくバス停の方に。当初バスの列に並んでいましたが、ぽつぽつ雨になったので一人に荷物を集め 屋根のあるところに荷物を置いて並ぶ形に。。。。が とんでもない豪雨になったため、何でいた人皆でバスの待機列から休憩所に避難。豪雨を眺めながら、休憩と相成りました。途中バスが来ましたが、下に下っても雨は酷かろうということで、一台スルー(勿論乗り込まれた方々もいらっしゃいました)。雨も大人しくなった頃に来たバスに乗り、下山。まぁ2Km程度でしょうか。途中いくつかバス停があるのですが、満員ということで通過するバス。バス停で待っている人が、ありえないものを見るような目でみつめていましたが、バスのこれまでの運行で判るでしょう? という感じ。
折り返し点で、バスを待ち、世界遺産センターに帰還。一路 宿泊地松江に向かうことに。

松江では水郷祭 とかで花火があり。宍道湖上で花火を打ち上げていたわけですが・・・・スルーして食事に。島根和牛が食える店ということで、松江地ビール館というのに行ったのですがバイキング形式な上、島根和牛は別料金。結局普通に焼肉を食べました。正直な感想としてはハズレ。こんなところにまできて食べるものではない。唯一良かったのは、スイカがおいしかった事位でしょうか?

食事終わって、宿の東横インに向かう。ちょうど花火が終わる直前位に移動し始めたおかげで、花火組の迷惑を被ることなく目的に到着。提携している駐車場に止めるように言われるのですが、満車。
花火帰りの客が乗って出るのを待って駐車。非常にタイミングが良かったということですね。
もう少し遅れると酷いことになるところでした。

他の写真等はこちら




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